2007年02月26日

2007年01月25日

百合羊かん。


牧野の羊かんですが、
2年くらい前から売っているそう。
私の目が節穴でした。



百合羊かん。

yuriyokan3.jpg



山桃羊かんよりも甘さ控えめでした。
山桃羊かんにはほのかに山桃の存在感があったのに比べ、
百合羊かんは「そういえば百合根の味ってどんなだっけ…?」と
ふと思い返してしまうくらいの控えめさでしたが、それがまたいいのかもしれない。
ちょっと控えめな白あんの羊かんは、
そのもの自体に百合の雰囲気を醸し出していると
言えば言えなくもないのです。







yuriyokan2.jpg

500円と書きましたが、
税込みしめて525円なり。
なんていい加減な…。




山桃羊かん 
posted by F at 10:29 | 高知 ☀ | Comment(2) | TrackBack(0) | お出かけ。

2007年01月20日

イオンショッピングセンター


迂闊にも土曜日昼間のイオンに行ってしまった。
これまで土日が休みということが滅多になかったので気づかなかったが、休日のイオンは人で溢れている。高知で祭りとパチンコ屋以外にこれだけ人が集まる場があるということに、少し奇妙な感じすらした。

無印を覗いたあと、カフェでゆっくりと本を読もうと思っていたのだけど、カフェも案の定満席に近し。それでも空いてる席を見つけ、そこに落ち着く。まわりがうるさいとさらにでかい声で話すという相乗効果で、あたりは喧噪ともいえるほどに音で満ちている。まわりが悪いんじゃない、休日のイオンに「ゆっくり本を読む」という見当違いの目的で来た私が悪いと言い聞かせながら、仕方ないので、iPodの音楽を大きめの音量で聞きながら本を読み始めると、意外にもまわりのことが気にならない程度に集中できた。

1時間半ほどして、本を読むのに疲れたのでしばらくぼーっとあたりを眺めていた。その頃になってやっと人の波もおさまったが、それまでほぼ満席状態。今日一日でどれだけの人が出入りするのだろう。出入りしたお客さんの数だけ、このカフェではゴミが出るのだ。そう、このカフェはスターバックス形式、コーヒーのカップもスプーンも基本的に使い捨て。カウンターには未使用のカップが積み重ねてあるが、これも結局すべてゴミになるのだ。

本を読み疲れた頭で、今度はしばし効率について考えていた。

posted by F at 23:19 | 高知 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | お出かけ。

2007年01月17日

羊かん


もうすぐ高知を出てしまう友人がおりまして、
どこか行っておきたいところはないかと聞くと、
「牧野植物園」と。

なんと!高知におって行ったことがないと!?
そりゃいかん。

というわけで最後のデートは牧野でランチに決まりました。


牧野植物園は一年間のパスが非常にオトクです。
入館料が500円、パスが2000円なので、
なんと4回行くだけでもとが取れてしまうのです。
牧野好きにはなんともうれしいシステム。

牧野はうれしいことがなかなか多い場所ではありますが、
その一つが牧野のミュージアムショップ。
周知の通り、置いているもののチョイスの良さがとても心地よいところ。
書籍、文具、お菓子、お茶に加え、
自然に関係するグッズ(布の袋や和紙もの、木を使ったおもちゃなど)などなど。

毎回覗いてはクッキーを買って帰るのですが、
昨日目に留まったのは「羊かん」。
12月に行ったときにはなかったと思うので、
新商品か、ただ私が見落としていたのか。

牧野博士も好んだという「百合羊かん」と「山桃羊かん」。
牧野オリジナルのお茶とのセット売りもありました。
なかなかパッケージもかわいらしく、手に取ったのは
友人が「百合羊かん」、私が「山桃羊かん」です。


どんなかというと、
こんなの。

_yamamomo.jpg

これは石けんサイズの小さいバージョンで500円。
よくある棒状の羊羹と同じサイズのものが確か千円くらい。
こんなのをお土産にもらうとうれしいです。




食べてみました。

yokan.jpg

これは山桃羊かんです。
友人の報告によると
「百合羊かん甘過ぎずおいしかった〜」とのことですが、
そのコメントから想像するよりはこちらは甘かったかなぁ。
味覚というのはいろいろです。
珈琲と一緒にいただきましたが、
珈琲というよりは、やはりお茶と合わせたいお味でした。

私にとってはちょっと甘めだったので、
小さめに切って、紅茶と一緒にちょっとずついただくのが
私にとってのおいしいいただき方かなぁ。
と思うと、やはりあの牧野オリジナル紅茶と合わせて食べてみたいなぁと思ってしまうので、牧野はやはしうまいなぁと、ちょっとしてやられた感が湧いてくるのです。


posted by F at 11:51 | 高知 ☁ | Comment(4) | TrackBack(0) | お出かけ。

2006年04月18日

まるまる


ジョニーくんのお店に行ってきました。
posted by F at 19:12 | 高知 | Comment(3) | TrackBack(2) | お出かけ。

2006年01月31日

まったりまんでりん。


マンデリンが意外と好きだ。
マンデリンは個性が強く、
珈琲好きでも好き嫌いが別れると聞いていたけど、
そう聞いていて、少し構えて飲んだせいか、
予想外にツボな味に驚いた。

えぐみと苦みは全く別もんなんだなぁと改めて実感。
もともと重めの深い味が好きだけど、
ちゃんと存在感はあるけどいやらしくない苦みと
そのあとにちょっとほっとできる甘みがあって
なんとも気持ちを持ってかれる味。

さすがに1杯を飲み終わる頃には少し重くなってきたので、
2種類のモカのブレンドという
朝にもってこいのすっきり軽い珈琲を飲んで、
爽やかに終了。
posted by F at 23:54 | 高知 ☁ | Comment(7) | TrackBack(0) | お出かけ。

2005年11月06日

芝居見物。


yashiro02.jpg 

今年も行ってきました、伊野「八代の奉納芝居」。
こんなにも活き活きと楽しめる芸能が今も残っているとは。


「八代の奉納芝居」とは、毎年11月5日八代地区のお神祭に合わせて演じられる地芝居。地芝居とは、素人さんが演じる歌舞伎のことだけども、その成り立ちや性質によって、農村歌舞伎とか奉納芝居とか呼ばれたりもする。ここの場合、その名のとおりお神祭でお芝居を「奉納」する(神様を楽します)ので、「奉納芝居」と呼ばれる。

高知県下には、昔たくさんの地芝居があったけど、今はたったの3箇所にまで減ってしまった。一つはこの「八代の奉納芝居」であり、一つは東津野に残る「高野の農村歌舞伎」、一つは我が赤岡の「土佐絵金歌舞伎」。とはいえ、途切れることなく続いているのは、おそらく「八代の奉納芝居」だけだろう。赤岡の「土佐絵金歌舞伎」は平成5年に生まれた新しい地芝居だし、「高野の農村歌舞伎」も一度途絶えた後昭和52年に復活したものだ。(厳密に言うと八代も対戦中は一時やまっていたらしいが・・)なので、より古いスタイルを垣間見ることができるのは、やっぱり「八代の奉納芝居」なのだ。多分。実際、ここにしかない芸能もあるし、他地域にある芸能でもここ独自のスタイルを確立している。

私は去年、修論の関係で、八代の奉納芝居に師匠の代からかかわっている義太夫の美園さん(赤岡の絵金歌舞伎でも義太夫を務める)にくっついて、八代の奉納芝居を練習から見学した。昨年は前日の宵宮から見たのだが、なにせ飲むために芝居をやるみたいなところ、車で来たくせにすすめられるまま役者を務める青年団の人たちと一緒に酒を飲んでしまい、その後の後始末でいろいろお世話をかけた(車のことでね)。
その一緒に飲んだ時間も芝居見物も含め、心底楽しめるとてもあり難いような時間を過ごしたので、なんだか懐かしい。


暗くなり、人も増えた。
yashiro.jpg


さて、今年の演目は
1、式三番叟
2、大黒踊り
3、歌舞伎(1)(子ども歌舞伎) 白浪五人男〜稲瀬川勢揃いの場
4、豊年踊り
5、エイサーとソーラン節(特別参加)(枝川小学校の児童による)
6、歌舞伎(2) 神霊 矢口の渡し

メインは歌舞伎で、歌舞伎の間に挟まってる演目が、幕間の余興である。
豊年踊りは結構昔から続いているようだが、エイサーなんかは確か2年ほど前に始まったとか言ってたか。


この最初に登場する「三番叟」というのは、歌舞伎を演じるときに決まって始まりに演じられる舞。たいてい3人の神が登場し、五穀豊穣を祈るというものなのだけど(赤岡も東津野もそう)、八代は1人で舞う。しかも楽器は太鼓だけ(他の地域はお三味線も浄瑠璃も入る)。なんともシンプルで厳かである。
美園さんの話によると、どうも昔はお三味も入っていたのじゃないかということだ。

「大黒踊り」は、一人の男性が床に拍子木を打ち鳴らしながら謡うのに合わせ、5人の青年が和傘をかざしながら踊る。これもまたシンプルだが、歌はさすが、独特の謡いまわしがある。この「大黒踊り」は、この地区にしかない芸能だ。

三番叟の話に戻ると、おそらくもっと地芝居が盛んだったころは、各地にそれぞれの色の出た三番叟が残ってだろう。昔は旅回りの役者さんもたくさんいたし、地元に振り付けのできる芝居好きのおんちゃん、おばちゃんもいた。だからそれぞれの地域の好みが色濃く出ても不思議はない。
が、今は振り付けができるのは一人のみ。この人は、幼い頃から少女歌舞伎で各地を回り、一時松竹にも雇われていた人で、彼女が振付ける三番叟も松竹で覚えたとかいう話である。この人が赤岡も東津野も振り付けをしているので、この二つの地芝居の三番叟は大体同じである。義太夫も同じ人が請け負っていたのを、今は美園さんが引き継いでいる。
伊野・八代の場合、振り付けに関しては、地元のおんちゃんで好きなのがいたらしく、ずっとその人が先頭切って振付けていた。その人が亡くなって後は、過去のビデオを見ながら練習しているらしい。ビデオに加え昔芝居をやっていた先輩たちもいる。まさに自己流、ビデオのコピー、コピーで、もちろん型は崩れていっているようだが、あくまで見本は地域の中にある。
ここが他の県下の地芝居と違うところだろうか。

でも、ここの地芝居が特に特徴的なのは、「頭屋・頭組」という地域コミュニティの仕組みが今なお色濃く残っているところ。なにせ多くの地域ではすでになくなってしまった「青年団」も残っているのだ。
「頭屋」というのは、祭りのいろいろを取り仕切る役目を持つおうちのことで、氏子圏を4つに分けた「頭組」という組から一戸ずつ選ばれる。その4人の頭屋の中で祭祀を勤める人が「頭がしら」と呼ばれる。つまりは、神事を中心に、お社を守るための当番制度みたいなもの。
八代地区はこの頭屋組織が今もほぼ保たれているというところで、民俗学的にもおもしろい地区のよう。青年団の人たちと話していても、頭屋組織の中の自分たちの位置づけや役割というものを、驚くほどに自覚している。この「八代の奉納芝居」についてもそうだ。ここの芝居は、頭屋組織に深く組み込まれた形で伝承されている。
「八代の奉納芝居」を担うのは、青年団の人たちである。この芝居の練習風景やそこで語ってくれる青年団の人の話を聞くとわかると思うが、この奉納芝居は極端に言えば、酒を飲む口実にやるようなもの。舞台の下では酒の肴に手羽先を焼きながら出番待ちの役者や先輩たちが酒を飲んでいる。舞台に上がっている役者も自分の台詞を言っては舞台を下りて酒を飲み、自分の出番になると慌てて上がるといった具合。
芝居をやりながら酒を飲み、酒を飲みながら語らう。芝居でも人生でも自分より先輩にあたる人たちと、そこで芝居のことも芝居以外のことも全部ひっくるめて語らう。多くの郷土芸能においてもそうだと思うけど、芝居は地域の人たち(青年たち)がコミュニティの繋がりを強める一つの仕掛けともいえる。芝居うんぬん以上に。
おもしろいのは、一番若手が団長を務め、その団長が三番叟を舞うということだ。つまり、自分より若手を引っ張ってこなければ、いつまでたっても自分が団長を務めることになる。うまいこと仕組まれたもんだ。

本当に素敵なことだ。こうして世代を超えて継がれていくということ。それはただの芸能の伝承ではなく、コミュニティそのものの伝承。常に自分がこの世界のどこにいるのかということを確認していく作業。コミュニティの崩壊と郷土芸能の消滅が同時に進行しつつある今の世で、それがただなくなっていっていいものでないことを、理屈でなく身体全体で感じさせられた夜。



子どもの「白浪五人男」
shiranami.jpg

posted by F at 00:24 | 高知 ☁ | Comment(3) | TrackBack(2) | お出かけ。

2005年10月11日

長屋の風景。


高知に来てもうすぐ3年。
縁が繋がる高知ゆえか、いろんな人と出会い、
その縁が次の縁へとどんどん繋がっていった3年間。
ぐるぐる巡って、今となってはどこがスタート地点だったのかもわかりませぬ。
posted by F at 10:33 | 高知 ☔ | Comment(5) | TrackBack(0) | お出かけ。

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