のれん代わりにしていた布が
踏んづけた拍子ではずれ、飛んだ画鋲の行方がわからない。
飛んだ先は一面茶色。擬態を使わなくとも同化している。
見つかるのはそれを踏むときか…
今日は朝から、天候のせいかパソコンの画面の見過ぎか生理前か、頭の奥まで何か詰まっているような感じで、思考回路というものがおよそ停止状態にあった。こんなときはよく、「聞いているけど聞いていない」状態になる。煮詰まるのも簡単だ。目の前は見えるけど、全体像は見えない。きゅううと目の前を見たまま作業をしていると、検討違いのことをしてしまったりもする。今日も、企画展のチラシをさっさと作ってしまおうときゅううと作業をしたら、出来上がりは見当違いなものだった。作り直し…
駄目な日だと思いながらも、そういえば今日は歌舞伎のお三味の日だと気合いを入れ直し、なんとか仕事を終え、そそくさと帰る。作ってあったおむすびを食べ、またそそくさと出かけると、いつも練習してる集会所は真っ暗。ああ、忘れていた、休みだった。
目の前のことしか見えないので、
目の前の予定が消えるとぱたととまる。
さて。
一度帰ってお三味を置き、また考える。
・・・。
珈琲でも飲みにいくか。
車に乗ってぶーんと高知市内へ。どこに行こうかとうろうろしたあと、結局はよく行くジャズ喫茶に辿り着く。ちょうど、そこで売っている「アフリカンキッチン」という本を買おうと思っていた。
入って早速アイスカフェオレをたのみ、一息つく。横に座っていたアメリカ人と店主が、自然を撮った写真雑誌を見ながら写真談義をしている。なんだかおもしろかったので、聞き入ってしまった。写真は切り取られた一部で、辺りには全く違う風景が広がる、いくら綺麗にとってもそれは幻想のようなもので、傍らでは木が伐採されていたり、景観が台無しになっていたりする、いくら撮っても、次見る風景は違うものだ、だから自分は撮らない、とかなんとか。気になったので、フォトグラファーかと聞くと、そうだという。でも今は写真撮るよりもティーチャーだとか。
彼が帰った後、彼はどんな写真を撮るのかと店主に聞くと、写真を撮らないフォトグラファーだと言っていた。撮らないということには彼なりに意味があるのかもしれないとも。
さっさと帰るつもりだったが、そのままなんとなしにしばらく店主とおしゃべりする。
ここの店主は、私の性質をよく見抜いている。そんな人がいるもんだ。多くを説明することもなしに、本質を見抜く。そんな人と話していると、今いる世界に適応しようとしすぎて自分ですら見えなくなっているようなところを、ふっと気づかされたりする。
そういえば、前に、同じように本質を見抜く人がいた。
知り合いの彫刻家のおんちゃんである。
その人に言われた言葉がある。「自分の思う、自分の道を歩きなさい。」
今でも鮮明に覚えているから、そのときよほどぐさりときたのだろう。おっちゃんはさらに言った。「いいか、おっちゃんの言う事わかっとるか、人の言う、自分の道のことじゃないぞ、自分の思う、自分の道だぞ」
いい子ちゃんであろうとして、これまた検討違いに空回りし続けていた私に、あるとき、このおっちゃんがカツを入れた。自分のしんどさというのを隠すのに慣れていた私は、そういう意味では周りの人間を騙すのは上手だったのだけど、そのおっちゃんには一目でバレた。
久しぶりに会った私を一目見るなり「おまえ、前のほうがよかった!不健康だ!タフマン飲め!」。そんな言葉を放たれて混乱していた私に、丁寧にも後日手紙まで届いた。「健康」というのは、「人間としての健康」を指していたそう。とどのつまり、私は「人間として不健康だ!」と言い放たれたわけだ、、、
中学生の頃、私はそのおっちゃんの作る彫刻のモデルになったことがあった。作品を作るということを通して、私という人間をしっかと見たことがあったからか、もっといい女になっていると思っていた私が随分と不健康で妙に腹がたったのかもしれない。しかし、こう言ってくれる人がいたことの幸運。隠し過ぎて、誰にも気づいてもらえず、しかも気づかせ方もわからなくなっていた私を、ちゃんと見てくれる人がいた私は、幸せだ。
ふいにそんなことを思い出したのは、今日の店主にしてやられたからである。また再び報われないいい子ちゃんを演じつつあった私、そしてそこから脱しつつある私に、大人の優しさをパラパラと。戦闘状態から、一気に無条件降伏だ。なんだかすべてが、まだまだ足りないなぁ、まだまだ。
その店主、最近「父ちゃん」と言えるようになった二歳の子どもの「父ちゃんごはん」の言葉に起き上がらなかったところ、目覚まし時計で頭をがつんとやられたという。「あいつは猿だ」と言う店主の言葉には愛情がたっぷりでおかしかった。
