今日は朝からどうにもしんどくて、視察に来た旅行会社の人に支離滅裂な説明を繰り返すという症状まで出てきて困っていた。そんなとき、自らをボラボラと称す町のボラさん仲良し二人組がお手伝いに来てくれて、休んでおいでと言ってくれるお言葉に甘えて30分ほど横になっていたら、寝違えた。
今日は、世は祝日だったそうだ。月曜日だしお客さんも少なかろうと思っていたら、思いのほかたくさん来たのでびっくりした。そういえば三連休だ。私の休日の感覚はもうすっかり狂っている。暦が休日であるのとお仕事がお休みであるのとが、ぼけっとしていたら噛み合わなくなる。昨日のマンドリンのコンサートでいつものようにぼけっとしてるわけにも行かなかったから、そのつけが今日来たか。
そんな話はさておき、昨日はそれこそマンドリンオーケストラ、マンゴレビアンコのライブだった。100席限定のチケットは完売だったようで、小さな蔵の小さなホールは人でいっぱいになった。二階の通路席もええ感じに埋まっていた。私自身マンドリンのオーケストラを聴くのは初めてだったし、蔵のホールでオーケストラを聴けると思っていなかったので、すごく楽しみにしていたのだけど、案の定、というか予想以上に引き込まれた。
音の幅の広さや曲自体の持つ良さ、楽器自体の持つ良さもあるだろうけど、何よりも、指揮者をしていたジョニーと、演奏するマンドリニストの信頼関係みたいなものが音楽を引き立てていたような気がする。
音楽を聴くとき、演奏する人と音楽との関係が見えるとすごく楽しい。音楽の技術としての完成度よりも実は大事なことじゃなかろうか。もちろん技術がないとそれが見えないというところもあるのだけど。私はアンサンブルには縁がなく、せいぜい伴奏かバンドのキーボードしかしたことがないので、ああして40人近い人間で音楽を作るということをすごく羨ましく思った。それをちゃんとリードする存在があるということも。えいなぁ。

私自身、実は弦楽器がものすごく好きである。今までにいろいろとちょっかいを出したが、ものにならないまま今に至っている。
大学1年のときには副科で大好きなチェロを取った。が、ハードスケジュールの中チェロを出し入れするのが億劫で練習をせず(今書くまで自分がチェロを弾いたことがあるのも忘れていた)、試験で披露した似たような副科連中とのカルテットは伝説となった。
ギターも何度も挑戦した。ちゃんとマイギターもある。スペインに行ったときに、スペイン価格8万円のギターを買ってしまった。(楽器となるといつも金銭感覚が狂うのである。とはいえ日本では同じものが3倍くらいするのを考えるとやっぱりお得。)その後10日間のスペイン一人旅が続くにもかかわらず、最初の訪問地グラナダで購入し、その後スナフキンさながらギターを担いで旅をする羽目になった。治安の悪いスペインで8万のギターを持ち歩くのは結構勇気がいることだったが、何も弾くことのできない旅先で、楽器がそばにある安心感のほうを取った結果である。(そのくせパリに帰る途中の列車にギターを忘れるという致命的な失敗をしかけた。同じ車両に乗っていた人が呼び止めてくれて悲劇は免れたが・・・)
そのギターも、今はふっくら邸でなかなか素敵なオブジェになっている。あんまりかわいそうになると、たまに「禁じられた遊び」とか弾いてみる。
一番しっくりきかけたのは松山時代に半年習った津軽三味線だったけど(これは結構本気でお稽古に通った)、高知に来たのがきっかけでやめてしまった。今の歌舞伎の三味線に活かされていると言えば言えるが。めずらしくはまっただけにもったいなかった。
ここに書かないその他の変遷を入れると、自分は結構な浮気性と認めざるを得ない。今回もマンドリンを聴くやいなやまたやりたいとか思ってしまう。浮気を繰り返したおかげで、最近は浮気と本気の区別は多少つくようになったけど、浮気自体はどうにもならない。
でも、思い返すと、いつまでも変わらない本気はやっぱりピアノか。